昨年（平成19年）11月、京都大学 の山中伸弥先生がヒトの体細胞から「万能細胞」（iPS細胞）を作ることに成功したと発表されました。実は山中先生は一昨年8月にすでにマウスで同様の研 究成果を発表し世界をあっと言わせていましたが、今回ヒトでも成功したというわけです。これは後で述べるようにノーベル賞級の仕事だと言われています。
その山中先生（お写真は京大山中研究室サイト から）が、なんと、去る3月11日の小倉内科医会講演会で話をされたのです。（我々医師にとって）有名な先生が小倉に講演に来られることは珍しいことでは ありませんが、山中先生の知名度は今や医師の間だけでなく全国的ですので、なんでローカルな講演会に山中先生が？？というのが正直な感想で、予定を見た時 には目を疑いました。当日世話人をされた先生に後でうかがったところ、講演会の企画をしたのが前記の発表があった直後で、だめで元々のつもりでお願いして みたところ引き受けて下さったというのです。それ以後の山中先生は急激に多忙になられたので、少し遅かったら絶対に無理だったでしょう。別に何かコネが あったわけではないというのですから、小倉内科医会は本当にラッキーだったのです。そういうわけで、めったにない機会でしたので、私たちも幸運の恩恵にあ ずかろうと参加してきました。
山中先生の今回のお仕事を簡単に（といっても私も詳しいことはわからないのですが）説明し ますと、将来の臓器再生医療などにつながると期待される、体中のどんな細胞にも分化することができる万能細胞は、これまで受精卵を使わないと作ることがで きませんでした（受精卵から作られた万能細胞をES細胞、胚性幹細胞、といいます）。受精卵は、すでに新しい命の誕生と考えることもできますので、ヒトで の研究で受精卵をつかうことは大きな倫理的問題をかかえていました。また、拒絶反応を起こさないためにはそれぞれの人の細胞核を提供された卵子に組み込ん で作ったクローン胚を使う必要がありますが、ヒトでの実施は韓国で論文捏造事件が起こったほど技術的に困難とされています。そこで山中先生の出番です。山 中先生は、ヒトの体からとった普通の細胞に、ある特殊な遺伝子を組み込んで万能細胞に変えてしまうことに世界で初めて成功したのです。ヒトの卵子を使う必 要は、もうなくなったのです！！
山中先生のお話は、臓器再生医療が実現すればどんな病気が治せるようになるのか、という医師としての夢を語ることから始まりました。ミスアメリカが戦った 1型糖尿病、ハリウッドスターが苦しんだ脊髄損傷、格闘家が命を落とした白血病、などに治療の道が開けることを話され、その上でそれを達成するためには万 能細胞が必要であることを説明されました。
そして今回の成功に至る道のりを語られたのですが、日本人の他の研究者がES細胞と体細胞を融合させると体細胞が初期化され万能性を持つようになると発表 したことからES細胞に万能化の鍵があると気付いたこと、多くの候補遺伝子のなかからの絞込みにやはり日本の研究者が作った遺伝子地図が非常に役に立った こと、研究室の若い先生方の頑張りがなければ実現しなかったこと、などを話されました。
輝かしい成果を挙げておられるのにお話ぶりは極めて謙虚で、風貌に現れているとおりの誠実なお人柄とお見受けしました。先生は私たちと同世代であり、大変 頼もしく思うと同時に、我々もほんの少しでも社会に貢献できるよう頑張らなければならないと、珍しく殊勝な気分になりました。
山中先生の今後のご活躍を心からお祈り申し上げます。